ようこそ ようこそ
蓮のホームページにお越し下さり
ありがとうございます。
蓮(れん)は平成20年(2008年)
石川県白山市(旧松任)中成に
開店した和食料理店です。
想い起こせば、今から16年前...
商店街から離れた松任駅の北口
当時は、のどかな田園が広がる
穏やかな場所でした。
この地にご縁を頂き
私の3つの願いが生まれました。
携わってきた日本料理を
味わって頂くこと
日本の食材、四季折々の素晴らしさ
能登や加賀、霊峰白山の恵みを感じて頂くこと
お客様と「和」の精神を共有し
「愛」や「和み」の空間を設けること
落ち着いた雰囲気の中で
ゆっくりと気の合う仲間や
これからの門出
新たなご縁を繋ぐ場として
その中に蓮のお料理を選んで頂けましたら
幸いでございます。
ご挨拶
蓮田 裕巳(ハスタ ヒロシ)
1974年生まれ、石川県白山市(旧松任)出身。
趣味は食べ歩きで全国を回ること、筋力トレーニング
生い立ち
旧松任市街の小さな呉服店の3代目として生まれました。中・高校時代はサッカーに明け暮れる毎日で、時代の流れもあって卒業後は家業を継がず、先生の勧めで金沢の会社に勤めることになりました。勤めの数年間には、営業に携わり多くのことを学びました。
料理の道へ
しかしながら、同級生が大学を卒業して企業に勤め、バリバリ働いている姿を見て取り残されている感覚がありました。
次第に、料理を作る仕事に携わり、「新しいことに挑戦したい」との思いが心の奥底に潜んでいました。思い起こせば祖母の実家が料亭を営んでおり、父の従兄弟が片町で割烹料理屋、母の実家がパン工場とケーキ屋さんと、小さな頃から飲食業に触れる機会が多かったです。知らず知らずのうちに私の中にも料理人の血が脈々と受け継がれていたのかも知れません。
24歳の時、別れ惜しみ6年勤め、お世話になった会社を退社して、遅ればせながら料理の道を志すことになりました。
山乃尾の思い出
親戚の紹介で、金沢 料亭旅館の「山乃尾」での住み込みでの修行(丁稚奉公)が始まりました。テレビで見たような、ザ・板前です。洗い物や仕込みなど、料理を作る上での基礎や心構えなどをがむしゃらに学びました。また賄い料理や器の使い方、今までに触れることがなかった多くのことを学びました。
一つの料理が完成されるまでに、数えきれないほど多くの人の支えや気持ち(社長や女将さん、料理長や先輩方、仲居さんや裏方さん、食材を提供してくれる生産者さんや業者さんなど)が、そこに込められていることもここでは教えて頂きました。
金城樓の思い出
その後、叔父の紹介で金沢 料亭旅館「金城樓」の料理長との出会いがあり、そこで働く機会をいただきました。金城樓での2年間、懐石料理はもちろん、婚礼などの慶事法事料理、100人を超える宴会、出仕事やイベント、仕出し弁当など多方面での『日本料理』を学ぶと同時に、東京八重洲店や全国の物産展の出張など貴重な経験をさせて頂きました。
中でも、先輩方の料理やおもてなしに対する真摯な姿勢を見ながら、自分自身の料理に対するアイデンティティのようなものがここで芽生えはじめてきた感じがします。
独立
まだまだ色々な日本料理を学びたいと思い、転機は30歳の時に訪れました。父が脳梗塞で倒れ、半身不随になったこともきっかけの一つだったかも知れません。
家族を守る一身で、24歳からの7年間の修行に一旦区切りをつけ、実家を改装し独立することにしました。
「自分のお店を持ち、多くの人を喜ばせたい」開店初日の緊張と責任感、身が引き締まる思いは、今も鮮明に残っています。
挫折
しかしながら、独立から8ヵ月、ようやく自分のお店を持てたことを実感しつつ、いつものように仕入れから帰って来た8月の猛暑の日のこと衝撃的な事実に直面しました。実家からの出火で、一晩で店と住まいがなくなってしまったのです。残ったのは改装時の借金と包丁5本
その際、多くに迷惑をかけてしまいました。また、多くの人が私を励まし力になってくれました。
今でも感謝しきれません。
しかし、私は前を向いて歩くことができず、日々の生活費を稼ぐこと生きることで精一杯でした。料理からも気持ちが離れた時期でもありました。頑張って前を向かなければという思いと悔やんでも悔やみ切れない後悔の念が、ぐるぐると交錯し、今だからこそ言えますが、自暴自棄になった瞬間が幾度となくありました。
再起
しかし、そんな状況の中でも、たくさんの人が私を支え続けてくれました。
「たった一度の人生」
時間の経過とともに再び、全身全霊をかけ料理を作りたいという思いが沸々と込み上げ、2年後の34歳の11月に現在の場所で再起をはかることとなりました。
蓮の願い
思えば、人とのご縁が私の人生を導いてくれました。出会いによって育てられ、別れによって深められた感じがします。
そんな出会いの場を作り、料理を喜んでいただくことが、私の使命であり、ささやかな願いでもあります。
一度やめようと思った料理の世界。私に出来ることは小さく限られたものですが、皆様の笑顔につながる料理を今日もコツコツと作り続けていきます。
これからも、料理 蓮 をどうぞよろしくお願い致します。